翌日、カカシは火影を目の前にしていた。火影は忙しいはずなのに自分の真向かいに座ってゆったりとくつろいでいる。
任務報告はと言えば、部隊長が昨日の内に終わらせてしまったらしく、自分から言う事はほとんどなかった。だったらすぐにまた任務でもくれればいいものを、まあまあと俺の手を引いてソファまで連れて来ておいて茶まで出してくる始末。
そして現在、当の本人は湯飲みを手に、にこにこと笑ってこちらを見ている。
笑わなくていいからさっさと任務でもなんでも言い渡してくれないだろうか。

「カカシ、何かいいことあったの?」

唐突に聞いてくるものだから俺は怪訝そうな顔を作った。さすが腐っても火影。洞察眼はお手の物か。

「四代目、そんなことより任務は?」

「そうだねえ、何があったか教えてくれたら考えてもいいよ。」

こいつ、まだ俺のことスリーマンセル時代の部下と同じような目で見てるんじゃないだろうな?こいつならありえる。ちゃっかりとこういう所で火影としての力を遺憾なく発揮してそうだ。

「そんな人を疑うような目で見ないでよ。確かに俺はお前の先生でもあったし、他の者と比べてもお前をひいき目にしてしまいがちだけど、ちゃんと任務は公正な目で判断して渡してるんだから。これでも火影だよ?ちゃんと里のために仕事はしてるって。」

どうだかねぇ、という言葉を飲み込んで、俺は一つ、気になることを聞くことにした。

「里の者に暗部の顔と名前を知られたら、知ったそいつの記憶を抹消するって本当?」

火影は最初唖然としていたが、ぷっと笑い出して俺の頭をがしがしと撫で回した。

「あはっ、あははははっ、なにそれ、そんなことあるわけないじゃない。なに、誰かに顔を見られたの?」

カカシにしては油断してたんだね、と火影は言った。1を聞いて10を知るとはこういう時のことを言うんだろうな。言ったことに少しばかり後悔の念が沸いたが、事実無根だったと知るとほっとした。

イルカの言葉を鵜呑みにしたわけじゃないけど、やっぱり不安だったからね。イルカの記憶から俺の存在がなくなってしまったら、俺は悲しい、その感情だけは素直にそう思えた。

「で、誰?カカシのハートを射止めたかわいこちゃんは!!」

なんでいきなりそんな話しになるかな。飛躍しすぎだよこの人、ってなんですぐに異性とか思っちゃうかなこの人は。洞察眼が鋭いとか思って損した。

俺はため息を吐くと、目の前にあった湯飲みを手に取った。一口飲んだお茶は火影の執務室に置いてあるだけあっていいお茶だった。

「もう、仕方ないなあ。仕方ないからカカシにはこれからしばらく有給休暇をあげちゃおうかな。そしたらその子にも頻繁に会えるでしょ?」

「はぁ〜?」

俺は素っ頓狂な声を上げた。何を考えてんだこの人は。今は慢性的に忍び不足だってこと理解してないのか?してなかったらよっぽどお気楽すぎだぞこの火影。

「四代目、いくらなんでもそれは...。」

「カカシ、先だっての任務で俺は部隊長に極秘裏で別の任務を与えていた。」

俺の言葉を遮って、いきなり雰囲気の変わった火影に俺は居住まいを正した。極秘裏、何か重要な情報でもあるのか?

「カカシ、最近様子がおかしいようだね。それも決まって仲間が負傷した時に。」

表情には出さなかったが少し動揺してしまった。

ばれていた、火影に、部隊長に。自分では隠していたつもりだったのに。さすがベテランには隠し通せなかったか。

舌打ちしたい気分だった。自分に腹が立つ。

「オビトを引きずっているようだね。」

図星だった。オビトは、俺をかばって死んでいった。俺が判断ミスをしなければ、今でも生きていた。それを思うとはらわたが煮えくりかえる、自分自身に罰を与えて欲しいと切願する程に。そしてそれとは別に、仲間の負傷にたまらなく臆病になっていた。任務時、仲間が倒れても全うしなくてはならない場面も出てくる。死ぬわけじゃない、ただ、怪我をしただけ、そんな場合でもどうにも居ても立っても居られず意識してしまう自分がいる。

「カカシ、部隊長の報告によれば君はどうやら自覚しているようだね。そしてそれでもなおそれを抑えられない兆候がある。任務時に少しの気持ちの揺らぎは死を意味する。カカシ、俺の言っている意味が分かるね。」

解っている。隊の列を乱す行為は遅かれ早かれ死人を出すだろう。それは自分か、それとも仲間か。いずれ近い将来そうなってしまうことが予測できた。

「カカシは聡いから、有給休暇なんて言っても訝しく思うだけで『やったぜっ、休みだぜっ!!』なんて死んでも思わないだろうから直球で言ったんだけどね。」

えへ、と笑う火影に脱力してしまう。おいおい、真面目な話ししてるんだからもうちょっとその真面目さを持続させてくれよ。でもまあ、はっきり言ってもらってこちらとしてはありがたいんだけどね。

「それで、俺がイルカと有給休暇を過ごせば先生は満足なの?」

「ほうほう、お相手はイルカって子なのか〜。」

しまったっ、つい口が滑ってしまった。火影を見るとにやりと笑っている。くっそう、こいつ絶対俺で遊んでる。絶対そうだっ。

「ふふ、まあそんなに邪険にしなさんなって。確かにカカシの言うように里はまだまだ忍び不足だから任務は渡すよ。」

その言葉にほっとした。休暇をもらったって何もすることなんかない。

「でもせいぜいBランク止まりね。しかもしばらくは単独任務に固定するから。長期も無論なしね。かかっても2.3日ってとこかな。」

「ちょっと、俺暗部なんですよ?なんでそんな低いレベルの任務ばかり渡されなきゃならないんですか。」

「だってあんまり時間がかかる任務だとイルカちゃんといちゃいちゃできないでしょ?」

だからそこでイルカを出してくるなよ。少し苛々としてきた俺はそのまま感情にまかせて思いの丈をぶちまける。

「仲間の負傷に意識が移り気味になってしまうのは理解してます。ですが克服できないわけじゃない。単独任務で頭を冷やすっていう案は呑めるけど、暗部に在籍している俺がBランクってのは納得できないです。」

「はいはい、カカシはいっぱしの暗部だって言いたいんでしょ?じゃあ日々暗部として活躍しているカカシにご褒美あげようね。」

その子ども扱いしてる口調をなんとかしてほしい。大体なんだよご褒美って、おちょくってんのか?それに俺の不満にも答えてないし。
俺の不満げな視線をものともせず、火影は懐から一冊の本を取り出した。巻物ならともかく本?娯楽の嗜好品なんてあまりいらないんだけどなあ、と思いつつも受け取った。

「この本にはいちゃいちゃするのに大切なことが載ってるからね、じっくり読むんだよ。」

いちゃいちゃってなんだよ、と思いつつも表紙を見るとイチャイチャパラダイス...。
まんまじゃんっ!!
まぁ、とりあえず中身をぱらぱらとめくってみると、
うあ゛...。

「四代目、これ青少年有害図書指定って感じの本なんですけどいいんですか?」

「ああ、それ18禁だから。」

俺はにこにこと笑って本を閉じると机の上に置いてすっと火影の方に押した。
この火影は常識というものが存在しないのか?それとも俺がウブすぎるのか?いや、俺は悪くない、絶対こいつの感覚がおかしいに決まっている。
わかった、こいつ火影じゃないな?そうだそうなんだ、きっと火影の上に『偽』とか『エセ』とか『ばちもん』とかの単語が付くに違いない、うん、そうだね、そうなんだよっ。

「カカシ君、せっかくの好意を無下にしないでくれるかな。」

「四代目、好意と言う名の悪意がばっちり見えてます。」

火影はちぇー、と言ってすごすご本を懐にしまった。

「これ非売品なんだよ?一般の書店じゃ手に入らないようなレアものなのに知らないよ?」

いや、いらないから。って言うか一体どこであんな本を手に入れるのやら。もう少し里の者に示す態度っていうかさ、しっかりしてもらいたいよほんとにっ。
ふと、人の気配が近づいてきたのに気が付いた。どうやらこの火影の執務室に向かっているらしい。
ま、火影も忙しい身だからね。
俺は外していた暗部の面をかぶった。

「じゃあそろそろ行きます。仕方ないですから任務の件は了解しました。」

「ん、よろしくね。任務は受付で受け取るように。暗部の姿では行かないようにね。とりあえず表向きは中忍として行けばいいよ。」

中忍、6歳に逆戻りかあ。ちょっと自分を情けなく思った。そしてふと、問題が浮上した。

「四代目、俺忍服もらってないですよ。」

「あー、そういえばすぐに暗部に行っちゃったもんなあ。まあ、適当でいいよ。」

適当とか言うなよ。適当な恰好してたら他の下忍や中忍に示しが付かんでしょうがっ。もうちょっと考えて物事指示してほしいものだ。
黙ってうすら生ぬるい目で見ていると、火影は図に乗ってべらべらと言ってくる。

「もう少しだらだら生きようよ!」

「四代目みたいになるのはまっぴらごめんです。」

「カカシ...。」

ずーん、と勝手に暗くなっている火影を横目に俺は立ち上がった。

「わかったよ。受付に頼んで忍服用意してもらうから、受付所に行った時にもらってくるといい。」

俺は頷くと窓際に歩み寄って窓を開けた。
その時、コンコン、とドアをノックする音がした。

「火影様、」

と誰かの声がした瞬間に、俺は瞬身の術で外へ出た。